和太鼓演奏家・太鼓唄奏者
兵庫県出身。
現存する伝統芸能、民俗芸能に加え戦国時代、室町時代、弥生時代、縄文時代など時代を遡り楽器や編成を古文書や屏風絵などから再現し、現代に描き出すことを続ける演奏家。
2010年から、農・漁・林など日本の大自然と向き合う人間の姿を舞台に描き出すことに挑み、2019年、「作曲家と演奏家による組太鼓新作公演」で、米づくりの1年間を描き出した作品「みずほの国の米のうた」を発表。
同作で、作曲家に委嘱した新作「風の太鼓〜インドラの網(宮沢賢治作)によせて」、組太鼓の創始者による「阿修羅」と共に上演。
現在は、大自然の中に身を置き、人間の身体のリズムから天体のリズムまでを学ぶ。
モノクロの世界観を描くことに挑んでいる。
【詳しい経歴】
10代から日本中を歩いて師匠を探し、「信濃国一之宮諏訪大社太々神楽 無形文化財 御諏訪太鼓」の楽園に入門。内弟子として10年に渡って長野県に住み込み、職人教育を受ける。
公演メンバーとして映画、メディアなどの出演をはじめ世界各国、国内を巡演。
独立後、民謡歌手・木津茂理氏の社中をはじめ、東京・神奈川にて三味線、笛、尺八、琵琶、筝、中国琵琶、二胡などのプロ女性演奏家らと音楽活動を行う。
日本音楽専門誌の日本音楽全般、和太鼓、津軽三味線の専門誌の企画から取材、編集、執筆も担当。
取材中に、全国的に過疎化で消滅の危機にある郷土芸能の姿を知り、郷土芸能の中の楽器や奏法、継承方法などを調べて記録していく「日本のふるさと音めぐり」を企画。
民俗音楽学者、日本音楽専門誌編集長ら専門家の支援のもと芸能調査にあたるなか自らの故郷の郷土芸能も廃れていることを知り2010年末に全ての仕事を引退して帰郷。
郷土芸能の継承者を探して自ら芸能を学び記録しながら、むかし、郷土芸能が持っていた世代間交流を復活させるための場「さとおと太鼓教室・関西」を創設し、子どもたちを地域で育てていくことを目標に多くの地域リーダーを育成。
また単身で自治体、企業、学校、国際事業のプロデュース、コーディネート、演奏、指導を手掛け、年間3000人〜30,000人を超える講座を担当。
手掛けたおもな事業としては、2010年9月、文化庁「子どものための優れた舞台芸術体験事業」、2011年1月、世代間交流学会「世代間交流活動」(世代間交流学会・兵庫教育大学)、2011年10月、兵庫県乳幼児子育て応援事業(兵庫県姫路市)、2014年8月「JICA アフリカ地域 地域保健担当官のための保健行政B(仏語圏)」コースの研修でアフリカ人医師13人の指導を担当。2015年には単身でイギリスでのコンサートや芸術学校でのワークショップを行う。2021年より淡路島にて舞台制作会社の主催教室の立ち上げに尽力。
2024年現在、2010年から育て、各地の郷土芸能の継承者となった民俗芸能団体「郷音舎」(さとおとしゃ)メンバーが東経135度線上に並び、淡路、神戸、丹波、福知山の各所稽古場立ち上げに尽力。大地にしっかりと足をつけ、天と地を結ぶことの出来る人間を育てるため、全稽古場で農を取り入れ、半農半芸に挑む。
海外からのオファーも多く、七つの海に足で立つ日本の太鼓と唄の演奏家として立つべく更なる研鑽を積みながら、自然と共存していくことが出来る日本人の精神を取り戻すため、竹材や自然素材を使った楽器製作にも関心を寄せている。
1992年より、多くの人数で太鼓音楽を打ち鳴らすスタイル「組太鼓」を創始し世界に広めた故・小口大八氏に組太鼓を、組太鼓を発展させ武道の要素を取り入れた古式打法を創始し、初めて日本の和太鼓をメディアの世界にも広めた名プロデューサー・指導者でもあった創始者・日本太鼓塾の故・山本幹夫氏に古式打法を、民謡を歌いながら太鼓を打つ打法を編み出し細野晴臣氏らと共に新しい世界を編み出した創始者・民謡太鼓の木津茂理氏に民謡・太鼓を師事するなど、日本を代表する奏法の創始者の元で基礎を学び、その後も、多くの日本音楽、民族音楽、舞踊家に師事。