おいたち

太鼓唄奏者 七海 Namy

うた・うちもの・なりもの
作曲・編曲

兵庫県出身。
古文書や屏風絵に残る太鼓編成の復活や再生、農業や漁業など生活や仕事のなかの人間のリズムに着目した作品など独自の視点からの作品制作を続ける。1992年より和太鼓音楽のルーツを探し日本全国を行脚。組太鼓や数々の演奏法の創始者のもとで学びアジアの音楽家らと音楽活動を行う。自治体や研究機関、JICAなどの事業のプロデュース・演奏・指導を手掛けながら、自ら郷土芸能を継承し、かつて芸能が持っていた世代間交流の場を復活させる試みを展開中。

 

【詳しい経歴】

山本流日本太鼓塾師範

10代の時、和太鼓について知りたいという思いで
日本全国の太鼓団体、郷土芸能を訪ね歩く。
日本の組太鼓のルーツを長野県にて見つけ、
諏訪大社太々神楽「御諏訪太鼓」で、
組太鼓創始者の故・小口大八氏に「組太鼓」を学ぶ。
また、組太鼓から古式打法を創始していった故・山本幹夫師のもとで約10年間、内弟子として学ぶ。
その後、唄と太鼓を組み合わせた奏法の創始者・民謡歌手・太鼓奏者の木津茂理氏に師事、
韓国打楽器や中国音楽合奏団、発声法、絃楽器などを様々な師に師事。

演奏家としてアメリカ・フランス・インドネシアなど各国の公演に参加しながら、
指導助手としてもNHK大河ドラマ始め舞踊家・音楽家の太鼓指導や各種学校・施設での
太鼓指導に参加。

独立直前に交通事故で頸椎を損傷し、両手が挙らないという状況下で演奏活動を休止。
東京・横浜にて、箏、尺八、三味線、琵琶、笛など日本楽器の取材や、
CD紹介本などの執筆を行う。
和太鼓と津軽三味線の専門誌「バチバチ」(邦楽ジャーナル)の創刊に立ち会い、
和太鼓の専門家として約10年間、巻頭記事の執筆や編集に携わる。

同時期、リハビリを行ないつつ、組太鼓から民謡太鼓、唄などのジャンルに転向し、
朝の連続ドラマなども手掛けた作家・早坂暁氏プロデュースの女性和楽器グループ、
細野晴臣氏らとの共演でも活躍していた民謡歌手・木津茂理氏率いる木津茂理社中、
中国琵琶・二胡・箏・太鼓の「ジャスミン」、
民謡・笛・太鼓の「華弁天」などのメンバーとして各地を公演。

雑誌の取材中に、郷土芸能が各地で廃れている現実を知り、
郷土芸能を調査するプロジェクトを企画。
その理由を探るために各地を歩き始める。
2010年、文化庁「子どものための優れた舞台芸術体験事業」の講師に選ばれ、
故郷・兵庫県に派遣時に、自らの故郷でも同じ現象が起きていることを知り、
翌年、拠点を兵庫に移し、継承者をさがし歩く日々が始まる。

どこにいても自分の生き方ができる時代を表現するため、
あえて、田んぼと畑、工場等が立ち並ぶ山の麓に拠点を構え、
地域を盛り上げる芸能制作、プロデュースをスタートさせる。

2010年さとおと太鼓教室・関東教室(横浜)、2011年関西教室を開き、
2013年に地方から世界に発信する異色のアートユニットVONBON、
2014年に和太鼓と人間のリズムの原点を探る「さとおと太鼓研究会」を創設。

農業と音楽とのコラボレーション「農村にしごと唄ワークショップ」(しごと唄監修・演奏・指導)や
仕事唄をモチーフとした音楽作品制作など、地方でなければ出来ない音楽活動に焦点を当てて、逆発信を志す。
また、郷土芸能や祭りの衰退の背景に、少子化、過疎化や仕事形態の変化によって、
農村で孤立していく人々が存在することを知り、音楽や芸能を通して5才から80代、90代の男女が集う
コミュニティとなる教室、研究会を運営。
地域の学校や団体とも共同で、地方を盛り上げて行く芸能制作を手掛けつつ、
その活動を率いて行くことのできる若い人材を育成している。

同時に、和太鼓を突き詰めて人間の持つリズムに到達し、
人間の性差や、生物としてなど、あらゆる枠組みを越えるアート作品を
創るべく奮闘中。

■主な執筆
・日本音楽専門誌「邦楽ジャーナル」(2001-2011)
・津軽三味線と太鼓の専門誌「バチバチ」(邦楽ジャーナル)
・中学校教科書ワーク(学宝社)
・邦楽200CD邦楽(立風書房)ほか

■近年手がけた、プロデュース、演奏、指導などの
2010 文化庁「子どものための優れた舞台芸術体験事業」講師に選任
2010 世代間交流学会(兵庫教育大学)主催の「世代間交流活動 ぽんぽこ音あそび」(ワークショップ製作・演奏・指導)
2011 兵庫県乳幼児子育て応援事業」(プロデュース・演奏・指導)
2012 兵庫県立三木高等学校非常勤講師(和太鼓)に選任
2014 JICA「アフリカ地域 地域保健担当官のための保健行政B(仏語圏)」(指導・演奏・舞台プロデュース)
2015 農業と音楽とのコラボレーション「農村にしごと唄ワークショップ」(しごと唄監修・演奏・指導)
2015 兵庫県宝塚市事業(作曲・振付・演奏・指導)

TaikoutaNami Japanese Taiko Drummer and Vocalist born in Hyogo, Japan. Nami started to play Japanese Taiko Drumming and folk performing arts as a child, and at 10 years old, she went on a performing tour around Japan. Then, Nami learned to master the origin of Kumidaiko, Osuwa-daiko in Nagano. Nami learned Kumi-daiko from Daihachi Oguchi, an ancient stroke style from Mikio Yamamoto. She was selected as a world tour member and performed in the United States, France, and Indonesia. Then, she joined a female Japanese traditional instrunmental group produced by Akira Hayasaka, a novel writer, based in Tokyo and Kanagawa to perform with other Japanese and Chinese traditional instrunment players. In addition, Nami learned Folk Song Drumming from a Folk Song Singer, Shigeri Kizu. She was also a member of “Kizu Shigeri Syacyu”. Not only Nami plays Taiko Drums, but also she writes for school workbook, speciality magazines, and review clitique of CD as a Japanese Taiko Drum specialist. In 2010, Nami was appointed by Agency for Cultural Affairs to be a special lecturer for “ Great Perfoming Art Experiences for Child Project” and she was sent to Hyogo, her hometown. In a following year, Nami founded “Satooto Taiko School Kansai” in her hometown. She researched on Folk Performance Art and created new performing arts to pass on the extinguishing traditional performing arts. Getting supports from Hyogo Prefecture, she produced ”Miki Bujin-daiko” for town revitalize project with public school and local community. Nami also focuses on music in which she discovers and arrange old Shigoto-uta to make new sounding Taiko Drumming song. Those songs are good examples of her exceptional ability to regenerate traditional music from folk music and natural sounds in a new angle.