BLOG

さとおとひびく

更新日:

さとおとひびく

約10年前に立ち上げたプロジェクト「日本のふるさと音めぐり」。
素晴らしいデザイナーさん、写真家さん、そして素晴らしい歌声を提供してくださった我が師匠によるウェブサイトTOP画面。協力してくださったクリエイターの皆さん、野菜ジャーナリストさん、雑誌社さん、民族音楽学者さん、英訳も手伝って下さった女性カメラマンさん、演奏家さんら沢山の方々を思い返しながら整理しています。

うちの郷音舎の多岐にわたる活動を組織化するために取り組んでいる今、このプロジェクトで考えていたほとんど全ての内容の土台を現実化していたことに気付きました!

このプロジェクトは、郷土の芸能を記録しながら、生きた活動として受け継ぎ、地域の宝として活かし根付かせるにはどうすれば良いかをテーマにしていました。


(当時の資料)

当初は、全国各地で廃絶の危機にあった郷土芸能を記録して雑誌、動画、ウェブサイトで発信していくというコンセプトを持っていました。当時のプロジェクトメンバー全員で導きだした答えは「ふるさとに帰ろう」という答えでした。

ただ、メンバー全員が都心部で精力的に活動するメンバーで、そこから離れることは、職を失ってしまうことになることを意味していました。地方在住のメンバーもいましたが、彼の故郷では仕事がなくて上京してきたばかりでした。

プロジェクトは、確かに注目を集めるだろうことは目に見えていましたが、地域を取り残して行くことにならないか、背景に何があるのか、解決していく方法はどのようなものか、どれほど本を読んでも専門家の方にお話を聞いても答えが見つかりませんでした。

・郷土芸能や地域文化が消滅していく理由はなにか?

・なぜ地域文化が受け継がれて行く土地とそうでない土地があるのか?

この疑問を解決できるまでは、プロジェクトを進めても意味がないと感じ、私は当時の音楽グループやいろいろな仕事をすべて辞めて帰郷。それまで三味線や笛、箏など和楽器メンバーたちとグループで演奏活動をしていましたが、いきなり一人になりました。

鷹は、爪や羽根やクチバシ等を自分自身で剥ぎ取ったり傷つけて、再生するという話をあとから聞きました。
まさに、一瞬にして私は何もかもゼロに戻ったのでした。


(当時のサンプル誌面、ウェブトップ画像)

そこからの道は想像を絶する世界でした。
稽古場として400年前の蔵を提供して頂いたけれど、猛犬がいつもいるので、入ることができないとか、今思うと笑ってしまうような困難にも沢山立ち向かいました。

郷音舎、武陣太鼓、太鼓唄 七海、さとおと太鼓研究会、さとおと太鼓教室、VONBON(現・VONBON JAPAN)すべてで協力して目指していた共通のテーマ。

 

約10年前、私の疑問に思っていた郷土芸能が消えて行く姿は、
農業や漁業が消えて行ったり、機械化されて共同体が変化している姿、
そして地方の高齢化でした。
また、郷土芸能や郷土文化がしっかりと残っているか否かは、
その地に住む人々が、大切にしているか否か、単純ですが、これも大きく関わっていました。

一極集中型の社会が自然破壊を引き起こしていることも知りました。
地域活性化のためのセミナーを多く受講して、そこで話す多くのパネラーの皆さんのなかで、都市部から来られた方の提案にはどれも「自然」というキーワードが抜け落ちているのを感じました。
自然が身近にないと、人間は、自然という概念すら忘れてしまうのだと知り、日本という国を動かす中心部である都心に自然がなければ、そこで創られる全てのものに自然が欠けることもあるのだと思いました。

 

 

今年から、「みずほの国の米のうた」ライブを行うにあたって、まず東京、横浜を選んだのは、そのためでした。
きっかけは、あるお店に連れて行って下さった方が、あとから「野菜は自然を感じられますね」とメールを下さいました。
それが発想の種でした。
目の前のお米一粒に、どれほどの人の手と自然が関わっているのか、そして食べ物は人間が創っているのではなく、自然が育てているのだということを、私自身がこの地で学びました。


またその方の感性から、食べ物というものを通じて自然を伝えることも出来るのだと気付きました。

そこで、港北区にあるカフェの若いオーナーさんを訪ねました。
彼女は日本中、飛び回って農家や蔵などを訪ね、たくさんお話を聞いて、彼女ならではのメニューをたくさん編み出されている姿を拝見していて、素晴らしいな、と感心していたのです!

 

ほかにも様々なカフェを周り、そこで食とのコラボレーションを編み出すため、しばらく前から、いろいろな専門家の皆さんと作品づくりがはじまっています。
今は少し世界の状態が騒然としていますが、このカフェライブを、これから数年かけて、ゆっくりと行って行きたいと思っています。楽しみにしていて下さいね!

さて、帰郷してから、ここまでの道のりすべて、ゼロやマイナスの要素ばかりでした。しかし、ゼロやマイナスというのは、実は一番大きな可能性でもあることにも気付きました。
ゼロというのは、どのようにも生みだして行くことのできる新しい可能性です。そして、マイナスというのは、需要があるということです。

 

 

 

昨年、高齢化で運営できなくなった地元の祭りの運営依頼、地域団体の運営依頼をいただきました。
これほどまでに地域の方々に頼りにして頂けるようになったのは、うちの稽古場のメンバーや教室生の協力体制と、その活動を生で見て下さっているからです。
そうやって、何もない、誰でもない、という場所から、目の前のお一人お一人と向き合って、力のないままにやっていくこと。お金では創れないものが本当は一番強いのかもしれません。

いま育てているリーダー達全員に、各分野のエキスパートとして活動してほしく、彼らが動きやすくするため、組織化を目指して頑張っている最中、ふと、約10年前に、『そんなことは絶対に無理』とプロジェクトメンバーの方々にも言われた「日本のふるさと音めぐり」のことを思い出しました。そして、その土台が、すべて現実化していたことに気付いたのでした。

疑問に思っていたことの解決方法。
それには、人を育てるしかないのだ、と学びました。

私は、指導者としての訓練を若い頃から受け、世界のいろいろな国の方々、世代を越えた方々に和太鼓を伝える仕事もしています。もう30年近くなるその道のなかで、自分が人に何かを教えられると思った事がありません。
常にその方の鏡となり可能性を引き出す、場を創ることが自分のできることだと思います。

それでも、私の立ち上げた活動に賛同して、進学先で、部活を立ち上げると決意し、部員を集めるのが大変だからどうしよう?と相談してくれる大学生に、
「あなたがやろうと思うことは、どんなことでも、必ず出来るよ」と言う事ができます。
私も楽器2つ、生徒2名、自転車、周囲は田んぼや山と工場、そこからやってきました。

とても厳しかった道のりを越えて来れたのは、このプロジェクトがあったからだと思います。
そして、ここまで支えて下さったお一人おひとりの力を片時も忘れたことがないです。
その感謝の気持ちで、これからも進んでいこうと思います。
いつも、本当に、ありがとうございます。

さとおとひびく。

郷音舎のウェブサイトがリニューアルしました。
ただし、以下のトップ画面ではなく、うちで育った人達が写っているのが嬉しいです。

http://satootohibiku.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-BLOG

Copyright© 七海Official website , 2020 All Rights Reserved.