スズコさんのおはなし

スズコさんのおはなし
(大正14年うまれ・6人の女きょうだいの長女)

スズコさんが若い頃、日本は戦争でいちばん大変だった。
兵隊さんの見送りばかりだった。勝ってくるということばかりだった。
お父さんには34才のときに、お兄さんには19才のときに召集令状がきて、
2人いっぺんに男手がいなくなったので、女学校に通っていた私は、
「先生、わたし、学校辞めます」と言った。
「そんなこと言わないで。せっかく入ったんだから、何とかなるわよ」
先生は、学校からはるばる歩いて手伝いに来て下さった。
むかしは、そのくらい、情が深かった。
洋服屋に服なんてかかってなかった。兵隊さんの服ばかり、軍事工場ばっかりだった。
店には軍服ばかりが売っていて、自分の着るものも妹たちの着るものも、
お母さんの着物をほどいて、自分で勝手に裁断して(洋裁学校には行っていないのだけれど)
みな、そうやってつくった服ばかりを着ていた。
カーテンをほどいて妹の服をつくった。それがとってもよく似合っていた。
それを着て舞台で踊ったんだよね。いまだにその写真があるわ。妹が4年生の時のことだった。
いまだに自分でほどいて洗ってアイロンかけて仕立て直しています。
(今、着ている)この服もね。
「西脇じま」といって「播州織」の布で出来たお父さんのネクタイも、
15年前に亡くなったときに、たくさんほどいて、繋ぎ合わせてベッドカバーをつくった。
いまの人間だったら、きっと、ほかして(捨てて)しまうわな。
いまが青春です。
スズコさんが小学校に行く前、「むらたかずえ」さんがつくって一等賞をとったウタを
おしえます。

河合村村歌
あおのがはらの やますそに
みおや(御親)のいのち うけつぎて
かこのながれの たえまなく
はげむわれらにさかえあれ
(河合村は兵庫県加東郡にあった村)

取材・文・写真:足立七海
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「風の太鼓 Drum in the wind」
50人のちいさなおはなし

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